2013年9月18日水曜日

日本のセダンのイメージを歪める存在

  セダンが日本で売れなくなった理由は、誰も公には発言しようとしないが、多くのクルマ愛好者はその理由がはっきり解っている。V.I.Pカーだ。中古のセダンに下品極まりない改造を施し、その多くは無理な改造によって、トヨタや日産の先端技術を集約した高級セダンの乗り味は失われ、真っ直ぐ走れないなど高級車とは思えない悲惨な状態になっていたりする。そういうクルマを夜中の甲州街道や青梅街道で見かけるが、心が張り裂けそうになる・・・。いやもうそんな気持ちなんて持ち合わせていない。セルシオ・マークⅡ・セドリック・グロリアといった旧型のセダンには「軽蔑」の念しか湧かない。

  クラウンもマークⅡもかつては毎月10000台以上売れていた。景気が良かったというのもあるが、170万円くらいでそれらのフラッグシップカーが買えたのだから、今のアクアやノートを買う感覚でみんなセダンを買っていたのだ。もちろん今より平均月収が高かったりする。当時にクルマ文化にどっぷり浸かっていた世代が今のセダンを「高すぎる」と批判しているようだが、むしろ高くなってよかったとすら思う。今の新型セダンを乗り回している若者は昔の若者より数段イケているのかな?

  とにかく、セダンのイメージをぶち壊した旧型車と、今の新型車が同じセダンという括りに違和感を感じる。コイツらは「V.I.Pカー」として隔離しておきたい気分だ。人気が急落したセダンは車種が極めて少なくなり、販売数の低迷から細かいグレード分けも行われず、パワーユニットも1種類のみというモデルも多くなっている。

  現行モデルではカムリHV・アコードHV・キザシ・レクサスHS・SAIがこの「1グレードエンジン」制だ。それぞれにブランドの上級車種として売られているが、日本にイマイチ浸透しないFFのせいかメーカーが及び腰になっているのが解る。作っている側の人間は専ら北米市場を考えていて、そのついでに日本にも投入しただけなので、売れようが売れまいがあまり重要ではなさそうだ。メーカーがやる気がない様子が、そのままユーザーにも伝わってしまい、どうしてもクルマの魅力が乏しいと感じてしまう。

  この点に関してはドイツのプレミアムブランドは完全に正しいと思う。エンジンが選択できるというのはセダンの魅力の根幹だという意識が日本メーカーには希薄なのか? 少なくともこの5台の日本での販売に於いて、ドイツプレミアムの同クラスをまったく意識してはいないのだろう。結局のところ旧型のクラウンやマークⅡからの乗り換え需要を取込めれば十分なのかもしれない。いずれのクルマもハンドリングはユルユルで、バスを運転している感覚すらある。大型車(いずれも中型車だが・・・)を動かしているという実感があればそれでいいということか?

  同じカテゴリーのクルマにFFで6気筒を積んでいるティアナも放り込んでいいかもしれない。車格と高級感が備わっていればそれでいいという設計思想には、私は強烈な違和感を感じる。ただこの日産の「方法論」はそのままシルフィへと受け継がれている。断っておくが日産が作るだけあって、「悪」と断定できるクルマではなくて、電子デバイスでクルマの挙動をモニアリングしつつトラクションを制御するシステムの優秀さは世界一かもしれない。しかしクルマの初期設計で「BMWを殺るのはスカイラインの役割」というメーカーの明確な意志もあったのだろう、それ以上の乗り味を追求しようという意志は感じられない。そもそもティアナのフロントヘビーなFF6気筒や、シルフィの安価なサス(トーションビーム)では、どう頑張ってみたところでBMWの影すら踏めないだろう。

  もちろんFF設計を生かして、キャビンやトランクを広く取れるレイアウトや、静音・遮音設計に関しては、ドイツ車に完勝している。さらに内装の上質感なら性能に関係なくいくらでも高められるのできっちり「仕事」がされている。重ね重ね申し上げるがティアナもシルフィも、日本市場で高齢者が乗るクルマとしては極めて洗練された設計だ。後席にお客を乗せるというフォーマルなニーズにも十分に応えられる。少なくとも突き上げのキツいBMWの後席に比べれば抜群の乗り心地だ。

  それでもこれらのクルマに人気が出ない理由は、普通に考えて運転していて楽しくないだろうと感じさせてしまうからだ。ティアナやシルフィに乗っている人に感想を訊くと、みな一様に高級車に見えるかどうか?という基準で判断して購入しているようだ。「高級かどうか?」おそらくこの手の判断基準こそが、筋金入りのドイツ車愛好家の皆様が一番嫌う考え方で、日本車のイメージを失墜させている最大の「癌」なのだろう(ドイツ車ユーザーにも同じような考えの人はたくさんいるが・・・)。ティアナ・シルフィのユーザーの方には大変失礼だが、このクルマが持つ価値観・評価基準は悪名高きV.I.Pカーのそれと全く同種のものだ。

  BMWもポルシェも昔から「高級車」として意識されて作られたクルマではなかった。現行モデルに至るまで、この両ブランドが「高級さ」を前面に押し出して作ったクルマがあるだろうか(※)?BMWやポルシェの内装を見て高級だと思ったことは一度もない。駐車場で隣りに止まったBMWの内装のヒドさを見て呆れたことは何度となくあるけど。BMWやポルシェが高級車だというのはバブル以降の日本人の頭になんとなく構築された幻想に過ぎない。けど多くのファンに支持されて歴史を刻んだ結果、クルマそのものに「付加価値」が認められて、後付けで「高級車」に区分されるようになっただけだ。

  レクサスや日産の「高級」モデルはそれこそクラス世界トップくらいの勢いで、スゴい作り込みがされている。どちらも趣味が悪いということもなく私はとても感心しているし、両ブランドの最大の武器と言ってもいいほどの長所だと思う。それでもドイツ車好きの皆様から見れば、そのいうクルマの作り方こそが「邪道」なのだろう。ポルシェやBMWの美学に心酔しきっている本物のファンから見れば「唾棄」すべき存在なんじゃないだろうか? その気持ちはとてもよく分かる・・・。しかし同時に日本ではレクサスからBMWに乗り換えたり、あるいはその反対に乗り換えたりといったポリシーが無さそうな人々も残念ながら多い。これではトヨタや日産もまともなクルマを作ろうなんて、さらさら思わなくなるのも無理もない・・・。


(※)・・・カイエンとパナメーラを除く。この2台はポルシェの尊厳を汚している!


↓「良いクルマ、悪いクルマ、最低のクルマ」日本語版/原版は英誌「Car」
  

  

  

  

  

  

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